筒井康隆「パプリカ」

舞台立てが荒唐無稽なのに細かい部分で生々しいイヤ描写を加える事に手を抜かないからこそのあのイヤ面白さなんなんだろう。イン殺さんが強くお薦めしていただけあるというか、ファック文芸部のベクトルの極北みたいな小説だった。
あと、これ読んで映像化しようと思った人はあたまおかしい。映画版も観に行きます。


夢そのものの情景の気色悪さがやっぱり凄いんだけれども、それよりも夢の中における登場人物達の会話の妙なたどたどしさが実際の、夢を見ている最中の自分にオーバーラップして生々しかった。感じたグロテスクさはむしろそっちの方が上だったかもしれない。
夢を見ている最中の思考がバラッバラになって行く心許無さというか、死の予行練習みたいな寂しい皮膚感覚など、自分が普段みる夢の中でのあの心地を思い出されて背筋が薄ら寒くなった。


ところであのキャラのアレって……と思い当たってアニメ版のキャストを確認したらうわー!
(以下ネタバレ)
原作者が声当てるキャラが居るって言うのを思い出して確認してみたら案の定バーの店主役だった。しかも相棒のバーテンが今敏(監督)ですか。
キャスティングの時点で、あの2人が物語の『語り手』のポジションである事を暗に示しているっつうことだったのか。おそらくは。


という訳で、『パプリカ』という『お話』と受けてである読者との掛け橋*1…というのがあのバーの2人組に負わされた役割だったのだと私は思ってます。これ、筒井ファンでは定説なのかなあ。別解釈が有ったら面白いのでこれを投稿したら確認してきます。


連中に関しては活躍し始めるタイミングと方法が唐突で無茶、でもって主人公が窮状を訴えた際にその内容の荒唐無稽さにも関わらず事態の飲み込みがエラい早すぎる辺りで
「だってラジオ・クラブの連中はオレだもんわかって当たり前じゃなーい。パプリカ超萌え。あと千葉敦子とかエロい。」*2という作者の声が聞こえてくる気すらする。


特に後者は夢が侵食してきた一番最初の段階では誰もが冗談、半信半疑の態度でしかなかった事を考えると陣内と玖珂が飲み込み良すぎなのは明確な意図の元に書かれていると考えていいと思う。


店主の陣内、覚醒して物語内の現実(=観客から見た夢)で主に動く方が映画版を監督した今敏
後半以降は主に夢の中での役割を負って仏さまとか召喚しちまうバーテンダーの方を筒井康隆が演じている辺りもちょっと面白い。
でもって原作では陣内と玖珂はそれぞれ原作における本体とシャドウみたいな関係性にあると思われる。アニメ化の際にそこに今の夢が混入してきたんだろう。

*1:アラビアンナイトにおけるシェエラザード姫のような。

*2:ヘルシング巻末オマケの方の平野耕太作画のイメージで